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仙台高等裁判所秋田支部 昭和60年(ネ)80号 判決 1987年5月27日

控訴人

岩野八郎

控訴人

保坂清

右両名訴訟代理人弁護士

穴澤定志

被控訴人

後藤仲治

右訴訟代理人弁護士

山内満

内藤徹

津谷裕貴

虻川高範

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、左記のほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表一行目の「出資法」を「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)」と訂正し、同枚目表五行目の「一項」の次に「、八条一項」を加え、同八枚目裏五行目の「表言」を「表現」と訂正する。)。

(控訴人らの主張)

一  本件売買契約と消費寄託契約(又は準消費寄託契約)について

原判決は、本件契約を金地金の売買とその消費寄託とが一体となつた混合契約と認定しているが、本件契約は、金売買契約と金消費寄託契約(又は準消費寄託契約)の二つが別個に存在し、そのいずれもが有効に成立している。

なお、現今においては、消費寄託契約について要物契約説をとることは全く妥当な見解ではないが、仮に要物契約説をとるとしても、本件においては、被控訴人は、金地金売買代金の残金九九万円を支払つた際、豊田商事株式会社(以下「豊田商事」という。)の社員から金地金を現実に手渡され、小坂鉱山の金と異なることを確認した上、これを再び右社員の占有に移したのであるから、これによつて要物性を充足したものとみることもできる。

二  出資法違反について

1  出資法にいう「預り金」とは、元本額の返還が保障されており金銭の価額が主として当該金銭の拠出者の利便のために保管されるという預金等に共通する性質を具備するものを指すところ、本件純金ファミリー契約は、金銭の受入れではなく金地金の受入れを内容とし、また、これに先行する金地金の売買による金銭の授受は、社会通念上いささかも疑いない売買代金の授受であるから、控訴人らの本件行為は、出資法に違反しない。

2  およそ人に刑罰法令に列挙された有責違法の行為ありと公認するには法律に定められた手続によつて審判されなければならないことは、憲法三一条の保障するところである。すなわち、刑罰法令に違反する所為ありとするには、まず刑事訴訟法に定められた検察官による公訴の提起がなければならない。本件においては、公訴の提起がないから、出資法違反の事実を認定することはできない。

3  仮に本件行為が出資法に違反するとしても、同法はいわゆる取締法規であり、その保護法益は健全な社会経済秩序であるから、同法に違反する行為があつたからといつて直ちに民事上の不法行為が成立するものではない(最判昭和四九年三月一日、東京地判昭和三一年八月九日参照)。

ところで、控訴人らは、自己の家族や身内の出捐によつて被控訴人と同様に金地金の売買契約及び純金ファミリー契約を締結している。また、昭和五八年ないし五九年当時豊田商法を問題とする新聞記事が出たとしても、豊田商事の経営陣からはそれ以上に強力な教宣活動が対外的のみならず対内的にも行われ、同会社の社員をして自分らの行為が絶対に正しいものであることが会社によつて保障されているとの信念を持たしめていた(乙第一五、一七、一八、三一、三二、四二、四三号証)。更に、控訴人らは、使用者である豊田商事の発する指揮命令に従うべき契約上の義務を有し、これに違反して右社会に損害を及ぼした場合は、債務不履行の責を問われかねない弱い立場にあつたのであるから、自己の所属する企業の商法の性格やその指向性・企業計画の是非等を批判し企業の将来を按ずるなどのことを期待できなかつた。

したがつて、仮に控訴人らに出資法違反の外形を有する行為があつたとしても、そこには民事上の不法行為の成立条件たる故意・過失が存在せず、この点における控訴人らの不法行為責任は否定されるべきである。

三  公序良俗違反について

1  民法九〇条に規定する公序良俗に反する法律行為とは、法律行為に公序良俗に反する約定が随伴しているため、当事者に生ずる不均衡が許されないとする法律状態をいうものと解される。例えば、他人の無知、軽卒又は窮迫に乗じて締結された契約であつても、不当の利を博する行為を包含しなければ、公序良俗に反するとして無効を宣することはできない理である。そうであれば、法律行為が公序良俗に反するかどうかを判断する場合には、法律行為自体にウエイトがあり、その前提又は付随事実は右判断の一要素にすぎない。

しかるに、原判決は、本件法律行為の内容の評価を遺脱したものであつて、違法というべきである。すなわち、本件法律行為は、契約当日の公設金市場における金地金の相場による金地金の売買と売買価格の一定割合(一キログラム二パーセント、五〇〇グラム三パーセント、一〇〇グラム五パーセント)による売買手数料の支払、更に、金地金四〇〇グラムの消費寄託とこれに付随する年一五パーセントの割合による運用利益の支払を内容とするものであり、金取引会社においては何ら異とするに当たらない契約であるから、これをもつて不当の利を博する行為ということはできない。したがつて、本件法律行為は、公序良俗に反しない。

2  原判決が本件につき公序良俗違反と認定する上での原因事実としてあげた数点につき個別に検討するならば、後記(一)ないし(九)のとおりいずれも格別違法性ありと揚言することが適切でないものばかりである。すなわち、本件行為は、マクロ的にみるならば詐欺まがい、違法まがいに感じられるかもしれないが、これをミクロ的にみるときは、個々に社会的妥当性を帯有する事柄であるといえるから、公序良俗に違反しない。

(一) 滞留時間について

甲第一号証によれば、控訴人保坂が被控訴人宅に滞留した時間は午後一時三〇分ころから深夜一二時ころまでとされているが、その間身の上話をしたりして何となく気が合つた雰囲気ができ上つて夕食を共にする程の親近感の交流があつたもので、長時間であるからといつて不当性があるとはいい難い。被控訴人宅には電話の設備があり、二男の家や警察に救いを求める電話をすることもできたのに、被控訴人がこのような行動に出なかつたのは、控訴人保坂の滞留が何ら被控訴人夫婦の意思に甚だしく反するものではなかつたといえる。

(二) 泣き落としについて

泣き落としの手段は、この種営業マンのみならず困つたときに訴える手段として意識的又は無意識的にあまねく用いられる手段であり、これから違法性を検出することは難事である。

(三) 懐柔的な策を弄したことについて

懐柔とはうまく扱つて相手を抱き込むことであり、朴訥な控訴人保坂がいかに努力したところで功言令色を演ずることはできないから、同控訴人が懐柔的な策を弄したはずはない。

(四) 高齢について

高齢であることはそれだけ社会経験を積んでいることであり、高齢は若い知恵に勝るのが社会通念である。

(五) 難聴について

甲第一一号証によれば、被控訴人の難聴は、付近にいて大声で話せば会話ができる程度であることが認められるから、被控訴人は、雑音のない被控訴人宅で一対一で話をするのにさほど不便はなかつたはずである。

(六) 無知について

被控訴人は、過去長年にわたり帝国石油株式会社に勤務し、いわゆる会社員としてその知識経験の点で地方においては一般社会人より上位の社会人としての生活を送つていた。

(七) 断定的利益表示について

控訴人保坂は、被控訴人に対し、金相場は長期的に待てば上がることはあつても下がることはない旨述べたことはあるが、絶対損はしない、もうかる旨述べたことはない。そして、金の相場は、昭和四五年以降鋸状形ではあるが長期的には上昇している(乙第三三号証)から、控訴人保坂の言葉は虚言ではない。

また、本件純金ファミリー契約の場合、一年もので年一〇パーセント、五年もので五年間に七五パーセントの運用益を予定しているが、これは金融社会における金利に比較して決して高額ではなく、かかる利益表示が不当若しくは虚偽であるとはいい難い。仮に控訴人保坂が一年後に一割の利金を届けると約束したとしても、これをもつて一定金額の利殖を約した請負契約を締結したものと認めることはできない(大阪高判昭和四八年一二月六日判例タイムズ三〇四号一八三頁参照)から、本件は、断定的利益表示ではない。

(八) 強引について

被控訴人が金地金を買う決意をし契約書に署名押印したのは、長い時間帯における自宅での意思を伴つた行動であり、決して他からの物理的・肉体的又は精神的圧力を加えられたものではない状況下での行為であるから、控訴人保坂が被控訴人をして強引に契約書に署名させたものではない。

原判決は、被控訴人夫婦は控訴人保坂の執拗な勧誘によつて疲労困惑し、無抵抗状態となつて純金注文書に署名するに至つた旨判示しているが、そのような事実はない(甲第一号証の被控訴人の上申書にしても、早く帰つてもらうことを願つて不本意であつたが金を買う決心をした旨記載されているにすぎない。)。

なお、甲第一二ないし第一六号証の豊田商事の社内壁貼紙の各写真は、いずれも昭和六〇年七月三〇日現在の状態を示すものであり、昭和五九年一月の本件当時とは甚しく時間的に隔絶しているから、右貼紙と控訴人らとの行為との間に因果関係の存在を認めるに由なきものである。

(九) 口止めについて

金について知識のない人は、金の売買の話を聞いただけですぐ偽金を買わされるのではないかと誤解するが、控訴人保坂は、これを避けたいとの配慮から被控訴人に口止めの話をした。口止めしたからといつて客の口に戸をたてる訳にはいかないのであるから、同控訴人の右言辞は、単なる希望を述べたにすぎず、違法の評価を受ける事柄ではない。

四  控訴人らが不当の利を得たか否かについて

控訴人らが不当の利を得たか否かについては、控訴人らに対する不法行為の成否を認定する上において重要な要素となるので、これを検討するに、後記のとおり控訴人らは不当の利を得ていなかつた。

すなわち、控訴人らが所属していた秋田営業所は、本社から与えられた月々のノルマの五〇パーセントを超えたことのない成績不良の営業所であつた。そして、控訴人岩野は、本件当時同営業所の課長席にあり、毎月四〇万円ないし四五万円程度の給与のほか、同営業所のノルマが五〇パーセントを超えた場合に〇・五パーセントの手当を支給されていた。また、控訴人保坂は、営業マンであるため、毎月基本給二五万円のほか、契約高が四〇〇万円を超過した場合に右超過部分につき四パーセントの歩合給(三か月間)を支給されていたが、右歩合の中には交通費、接待交際費、サービス品代等が含まれる計算となつていたので、特に高収入を得ていた訳ではなかつた。

五  共同不法行為の責任阻却について

仮に豊田商事に不法行為があり、控訴人らが同会社の営業行為の一端を担つた外形事実があつたとしても、被控訴人に対する金地金の返還が不可能となつた原因は、豊田商事の代表者であり、豊田企業グループの総帥であつた永野一男が昭和六〇年六月一八日熱狂漢によつて殺害され、たちまち豊田商事の企業運営が混迷に陥り破産に追い込まれたという特別事情によるものであるところ、控訴人らがかかる特別の事情を予見し又は予見可能な状態になかつたことは明らかである。このことは、控訴人らが自らの計算において豊田商事と金地金の売買契約又は純金ファミリー契約を締結していた事実(乙第七ないし第一〇号証)をもつてしても明らかである。

ところで、共同不法行為者は、連帯して損害を賠償する責任があるが、特別事情に基因する損害については、これを予見し又は予見できる事情にあつた共同不法行為者のみがその賠償責任を負うものと解されている(大判昭和一三年一二月一七日参照)。

したがつて、控訴人らは、被控訴人が被つた本件損害については賠償責任を負わない。

六  違法性阻却事由存在の予備的主張について

仮に控訴人らに本件損害発生の予見が可能であつたとしても、前記二の3において述べた諸事情に徴すると、控訴人らには損害の発生を回避する可能性がなかつたものというべきであるから、控訴人らの行為は、違法性が阻却される。

七  割合的限定責任の予備的主張について

本件の如く特異事情と密接な因果関係のある損害発生の事例においては、損害発生に対する特異事情の寄与分を斟酌し、寄与分相当額を控訴人らの責任額から控除するのが衡平の理念にかなうものと思料する。そして、本件の場合、前記特異事情は本件損害の発生に重大かつ強力な影響を与えたことが明らかであるから、その寄与分は相当高度な割合をもつて評価されるべきである。

八  甲第一号証の証拠能力について

甲第一号証は、被控訴人名義で仮差押申請に際して作成された上申書であるが、本人以外の者が作成した文書を被控訴人が認諾して押印したものであることが明らかであるから、人証回避的な内容をもつ報告文書としてその証拠能力を否定すべきである。

九  原判決の判示する公知の事実について

原判決は、豊田商事をめぐる公知の事実によれば、豊田商事は違法業務を遂行し、永野一男及び控訴人らはこれを企画、実施、推進したものというべきである旨断じているが、豊田商事が違法業務を遂行していたことは、当時の新聞の三面記事や興味本位の週刊誌に掲載されたにすぎず、その取材源も明確ではなく、万人を承服させるものではない(しかも、新聞報道の仕方は、「詐欺まがい商法」、「現物まがい商法」という表現を用いており、決して「詐欺商法」という断定的熟語を用いていない。)。

本件に関する公知の事実を新聞や週刊誌の記事にその源泉を求めた原判決は、公知の事実の解釈を誤つたか、公知の事実でない事実を公知の事実として認定した違法がある。

一〇  控訴人らに対する訴状の送達の効力について

控訴人らに対する本件訴状の送達は、控訴人らの就業場所において同所の事務員に交付する方法により行われたが、裁判所書記官において右送達の旨を控訴人らに通知した形跡がない。したがつて、控訴人らに対する本件訴状の送達は、民訴法一七一条四項に違反し、その効力が発生しないものと解する。

(控訴人らの主張に対する被控訴人の反論)

一  本件契約の要物性について

被控訴人は、もともと豊田商事のものである金地金を見せてもらいこれを返還しただけであるから、これによつて要物性を充足したものとみることはできない。

二  出資法違反について

豊田商法は、売買代金を仮装して金員の預入れをしたものであり、出資法に違反することは明らかである。そして、被控訴人は、これにより少なくとも交付した金員について損害を被つているから、控訴人らは、不法行為責任を免れない。

三  公序良俗違反について

本件は、控訴人らの言葉でいえばマクロ的に見るべき筋合のものであるから、控訴人ら自身本件行為が公序良俗に違反することを認めていることを物語つている。

もともと行為は様々なミクロ的要素の組み合わせであり、それ自体は違法行為というものはないから、控訴人らの論理でいけば、そもそも違法行為というものはありえないことになつてしまい不当である。

四  共同不法行為の責任阻却について

控訴人らも純金ファミリー契約をしていたが、金額が極めて少なく、期間が短いことは、控訴人らが豊田商法の危険性を認識していたことを物語る。また、右契約締結は、控訴人らが特に歩合給を取得するために自分で補完したものであることが想像できる。

要は、控訴人らは、後日の弁解等のために右契約を締結したことにし、自分らも被害者であるかのような外観を作出したにすぎない。

五  甲第一号証の証拠能力について

自由心証主義の下では、証拠に用いられる法律上の適格を欠く文書は存在せず、証人として尋問されることを回避するために第三者が作成した文書であつても証拠能力を有する(兼子一・民事訴訟法体系二七五頁以下参照)。

六  訴状送達の効力について

民訴法一七一条四項の通知は、書面によることなく電話等適宜な方法で行うことができる(条解民事訴訟法四四二頁)。

原審では控訴人らが訴訟代理人を選任し、右代理人に有効に訴状が送達されているから、何ら違法はない。

また、原審では控訴人らに対し本人尋問のため何らかの方法で呼出がなされているから、同法一七一条四項の通知があつたものと解釈できる。

更に、同法一七一条四項の規定は、訓示規定若しくは効力規定としてもいわゆる任意規定であるから、控訴人らが原審において同項の通知のないことについて異議を述べなかつた以上、責問権の放棄として、当審において本件訴状送達の無効を主張することは許されない。

(被控訴人の主張)

一  豊田商法の欺まん性について

1  豊田商事は、同会社のセールスマンが顧客に対して金の魅力を説き、金地金の購入を勧め、顧客に金地金を買わせ、その後(あるいは並行して)、顧客が金地金を保有しておくと危険であり、同会社に買つた金を貸せば同会社が金を有利に運用し、年一〇パーセントないし一五パーセントの賃借料を支払うなどといつて純金ファミリー契約なる契約を締結させ、顧客からは売買代金名下に金員を受領し、顧客には純金ファミリー証券なる紙片だけを交付していた。この豊田商法の欺まん性については後記(2ないし8)のとおりであるが、要するに、豊田商事は、金の現物の裏付けもないのにあるように装い、金の現物を売ると称し、更には、金を有利に運用するということはありえずまたその意思もないのに金を有利に運用するなどとありとあらゆる嘘をならべたて、顧客をその旨信じこませ、純金ファミリー契約なる契約を締結するなどして大衆から金員を詐取してきたものである。

豊田商事の内部事情については最も詳しいと思われる同会社の破産管財人は、調査報告書(甲第一七号証)において、豊田商事を、「多数の顧客から詐欺的商法といわれる手段をもつて金員を獲得するための組織体に過ぎなかつた」、あるいは、「その実体は故永野一男を中心とする詐欺的商法の実行者の集団に過ぎない」と結論づけている。

以下豊田商法の欺まん性を具体的に指摘する。

2  豊田商事は、顧客との契約に見合うだけの金を保有していなかつた。

3  豊田商事は、顧客から売買代金名下に受領した金員を金地金の購入資金にまわさず、同会社の従業員らの不当に高額な報酬等や家賃等の経費に費やし、残りを先物取引等や他の投資等にまわしていた。また、豊田商事は、昭和六〇年六月一〇日には純金ファミリー契約証券の販売を停止し、その後は金の返還の不要なレジャー会員権商法を行うことを決定しているが、これは、これまでの純金ファミリー契約締結者をレジャー会員権に移し替え、結局は純金の返還を不要にしようとする意図の端的な現われである。そして、豊田商事は、その事業内容の反社会性と財務内容からみて倒産することは当初から必然的であつたといわざるをえない。

したがつて、豊田商事に他から金地金を購入する意思及び能力がなかつたことは明らかである。

4  豊田商事は、金を他から購入するわけでもないのに、顧客から売買手数料を徴収していた。

5  控訴人保坂は、被控訴人に対し、買つた金を豊田商事が預かり運用する旨虚偽の説明をした。

6  控訴人保坂は、被控訴人に対し、金は値上がりが確実で現金と同じであり、いつでも換金できる旨説明しておきながら、最終的には、原則として中途解約できない純金ファミリー契約を締結させた。

7  純金ファミリー契約一二条によれば、顧客は、満期がきてもすぐには金を返還してもらえず、まず自ら返還日を指定し、更にその日以降に返還を受けることとされており、返還日が明らかではない。もともと金を返還する意思がないからこのような規定があるものと容易に推測できる。

8  なお付言するに、豊田商事が金地金の現物を売るだけで終わつたり、また、ごく稀には、顧客が予め所有していた金地金を豊田商事に預け、賃借料を取得するという場合もあつた。しかし、これらはいずれも例外的な場合であつて、このような例外的な場合をもとに豊田商法を論じようとするのは、いわば本末転倒の議論であつて正当ではない。

二  豊田商法の出資法違反について

1  預り金とは、不特定多数の者からの金銭の受入れで何らの名義をもつてするを問わず、預金等と同様の経済的性質を有するものをいう。

2  ところで、豊田商法の実体は、不特定多数である一人暮らしの老人等社会的弱者から銀行預金等と比較しながら有利な利殖であるかの如く信じ込ませ金員を受け入れたというものであるところ、右金員の受入れは名目上金地金売買代金として行われているが、前記のとおり売買代金としての受入れであるというのは全く表面的形式的なものである。そして、本件純金ファミリー契約一〇条によれば、満期には純金又は現金で支払うこととされ、また、同契約一一条によれば、中途解約の場合には現金を返還することとされ、いずれも金銭返還の約束があつた。なお、後日同契約一〇条中金銭返還約束の規定は削除された(これは、豊田商事自身、右金銭返還約束の規定があると出資法に違反すると考えたからであると思われる。)が、本件契約は、右削除前に締結されたものである。

3  以上のとおり、豊田商事は、不特定多数の顧客から売買代金名下に現金を受け入れ、返還約束をし、顧客にとつては、豊田商法は、現金を渡すと年一〇パーセントないし一五パーセントの賃借料(利息)が取得でき、極めて有利な預金と同様の経済的性質を有していたものであり、これが出資法の禁止している預かり金に該当することは疑いを入れない。

三  豊田商法の公序良俗違反について

1  豊田商法は、前記金地金の保有量及び購入意思・能力の欠如に徴し、反社会性をおびているものであり、公序良俗に違反するものというべきである。

2  また、豊田商事は、テレホンガールからセールスマン、上司(課長)、所長までまさに会社ぐるみで極めて強引執ような勧誘を行つていたのであり(例えば電話勧誘の凄まじさは、甲第一二ないし第一六号証からも容易に推測される。)、これが社会的相当性を逸脱した公序良俗に違反する違法な行為であることは明らかである。

四  控訴人らの認識等

1  昭和五九年一月当時、豊田商事秋田営業所の所長(又は所長代理)は沓沢郁男(以下「沓沢」という。)であり、控訴人岩野は営業課長席、控訴人保坂は営業担当の従業員であつた。そして、営業所長は営業所の営業に関する責任者であり、営業課長以下を指揮監督し、課長は営業担当者を指揮監督していた。

2  控訴人保坂は、前記公序良俗に違反する勧誘行為を実行したのであるから、当然右違法行為を認識していた。また、上司である控訴人岩野は、そうしたセールスの仕方をビデオを使用するなどして自ら指導・教示していたのであるから、当然右違法行為を認識していた。

3  次に、沓沢及び控訴人岩野は、豊田商事が顧客の契約に見合う純金を保有しているかどうかについて当初から疑問に思い、各営業所の所長、課長等の集まりである東北ブロック会議等で質問等をして、結局豊田商事は顧客の契約に見合う純金を保有していないことを認識していた。また、豊田商事が金を保有しているか否か、どこからそれを購入しているかなどの疑問は極めて初歩的単純な疑問であるから、控訴人保坂は、セールスマンとしてそれについて認識し、顧客に対する応答の仕方を知つていた。更に、豊田商事の問題については、マスコミが昭和五六年ころから取り上げ、報道やキャンペーンを繰り返し、昭和五八年一〇月一七日には秋田の地元紙にも大きく豊田商事が金を保有しているのか否かについて報道され、同年一二月九日には再度同様の報道がなされたから、控訴人保坂は、遅くともその時点で豊田商事が顧客の契約に見合う純金を保有していないことを認識していた。

したがつて、控訴人らは、豊田商事が金を保有していないという点についての認識があつた以上、豊田商法が詐欺になることを認識していたというべきである。

4  更に、沓沢及び控訴人岩野は、前記東北ブロック会議等において、豊田商事がいう金の運用とは、金地金を運用することではなく、子会社等に現金を貸し付け利息をとるなどして現金を運用することであることを知つていた。また、控訴人保坂は、当審において、豊田商事の金の運用の仕方について、子会社で運用してマージンをとつていると認識していた旨供述しているが、前記のとおり豊田商事が金を保有していないことを知つていたのであるから、結局豊田商事が運用するのは金地金ではなく現金であるとの認識を有していたものといわざるをえない。

したがつて、控訴人らは、いずれも豊田商事が顧客から集めた現金を運用しているという認識があつたのであるから、その目的のために顧客から金員を集める行為は出資法が禁止する預かり金に該当する行為であることを認識していたというべきである。

5  なお、控訴人らが前記違法行為を認識していたことを基礎づけるその他の事実として次の事実を指摘することができる。

(一) 控訴人らの給与は、法外に高額である。

入社して間もなく固定給で二五万円も貰える会社は、秋田では他にはない。

また、入社して間もなくの者が高額の報酬等を貰える営業課長になるという会社も他にない。

控訴人らは、豊田商事がきな臭い怪しげな会社であることの認識を当然有していたものと思われる。

(二) 控訴人らは、その後マスコミが豊田商事についてのキャンペーンや訴訟提起されている報道等を行つているにもかかわらず、退社していない。

これは、たとえ自らの行為に問題があろうと高額の給料が貰える以上は可能な限りそれに群がるという体質の現われであり、違法性を認識していても違法行為を行う体質を物語つている。

6  仮に、控訴人らが、自ら行つた行為が詐欺、出資法に違反する行為であることを知らなかつたとしても、控訴人らは、豊田商事に入社する前には、自分が入社しようとする会社がどのような会社であるかを調べ尽し、また、入社後は常にその点に心掛けるのはもとより、自分の行為に問題はないのかどうか、セールスマンであれば、自分が顧客に勧めようとしている商品の知識、本件については豊田商事が金を保有しているかどうか、どうやつて金を運用しているのか、何故高額の賃借料を支払えるのか、何故マスコミが批判するのかなどについての認識を持つべきであり、その結果、これらについて完全に納得ができないのであれば、退社するなどし、顧客に対する勧誘をすべきではなかつた。

前記のとおり、控訴人岩野は、東北ブロック会議等において豊田商法の違法性を認識できたし、控訴人保坂は、平素から課長、所長等に豊田商法の問題性についての質問をすることができたのであり、また、当時から豊田商法が広くマスコミにも取り上げられ豊田商事が非難されていたのであるから、豊田商法の違法性を認識できた。それにもかかわらず、控訴人らは、これを怠つた。

そうすると、控訴人らは、重過失によつて豊田商法の違法性を認識できなかつたものであり、その結果、被控訴人に損害を与えたものといわなければならない。

(被控訴人の主張に対する控訴人らの反論)

一  被控訴人は、豊田商法の欺まん性について主張するが、後記二ないし四のとおり右主張は失当である。

二  吾人の社会生活上多少の欺罔行為は放任されるべきであり、それが信義則に反するものである場合に初めて詐欺の要素の一つである違法性を帯びることになる。

三  民法五六〇条は、売買の目的たる財産権が他人に属する場合にも売買は有効に成立するものと規定している。すなわち、我が国の法制上、財産権を現に所有してないのにもかかわらずこれを他人に売買する行為は非合法視されていないのである。この点に関し、他人の物の売買においては売主はその他人の所有に属する事実を買主に知らせる義務はなく、その事実を買主に知らせずその物が売主自身の所有に属すると称しても、その行為に違法性はないとの見解もある(長崎地判昭和三二年二月一六日判例時報一一五号一四頁参照)。

四  我が国では、昭和四八年に金地金の輸入を自由化し、同五三年には金取引の全面自由化に移行し、同五七年には東京に金先物取引所の開設をみた。また、同年四月から銀行の窓口で金地金の販売・保護預りをするようになり、ある会社では信託銀行と提携して顧客に金地金買付委託契約を締結させて金購入振込金で金地金を買付け、顧客には買付内容報告書を送付するという軽便な方法で金地金を扱う業務を行つている。本件当時においても右のような金市場の状況下にあつたのであるから、いわゆる買手市場であり、顧客数に見合うだけの量の金地金の現物を保有していないからといつて、そこには何程の違法性も認められず、また、豊田商事に金地金を購入する意思及び能力がなかつたとの被控訴人の主張は、証拠に基づかない憶測の類である。

証拠関係は<省略>

理由

一当裁判所は、被控訴人の本訴請求は、原判決が認容した限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、左記のとおり付加削除訂正するほかは、原判決理由と同一であるから、これを引用する。

1  原判決九枚目表五行目の「甲第一号証」の次に左のとおり加える

「(同号証は、文書である以上、証拠能力を有することが明らかである。なお、原審における被控訴人本人尋問の結果によると、同号証は、被控訴人が豊田商事所有の動産につき仮差押申請をした際に裁判所に対し疏明資料として提出した上申書であり、本件訴訟における本人尋問を回避する目的で作成された文書ではないことが認められる。)」

2  同九枚目表六行目の「(第一、二回)」を削除する。

3  同九枚目表一〇行目の「甲第三号証、第六号証」を「甲第三ないし第六号証」と訂正する。

4  同九枚目表末行の「尋問の結果(第一、二回)」とあるのを「尋問の結果、当審における控訴人保坂の本人尋問の結果の一部(後記措信できない部分を除く。)」と改める。

5  同九枚目表末行から同枚目裏一行目にかけて「請求原因2の(一)のその余の事実」とある次に「ただし、「元金二〇〇万円は倍の四〇〇万円に増殖できる。」を「元金一〇〇万円は倍の二〇〇万円に増殖できる。)と訂正する。」を加える。

6  同九枚目裏九行目の「認めることができ、」の次に「当審における控訴人保坂の本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に」を加える。

7  同九枚目裏一〇行目の「成立に争いのない甲第二号証、」とあるのを削除する。

8  同九枚目裏末行の「尋問の結果(第一、二回)」とあるのを「尋問の結果、当審における控訴人保坂の本人尋問の結果」と改める。

9  同一一枚目表六行目の「証拠はない」の次に左のとおり加える。

「(当審における控訴人岩野の本人尋問の結果によると、同控訴人は、昭和五九年一月三一日、豊田商事秋田営業所において、金地金を被控訴人に見せて手に触れさせた上返還を受けたことが認められるが、右尋問の結果によると、右金地金は、同営業所が見本として保管していたものであり、同営業所においては、金地金の売買契約及び純金ファミリー契約(消費寄託契約)を締結した顧客に対しては常に見本の金地金を見せていたにすぎないことが認められるから、控訴人岩野の被控訴人に対する右行為をもつて右要物性を具備したと認めることはできない。)」

10  同一一枚目裏一行目の「右は、」から一〇行目の「いうべきである。」までを改行の上左のとおり訂正する。

「ところで、出資法二条の趣旨は、元本返還の保障に信頼の基礎を置いて一般大衆から拠出される零細な資金額をこれら大衆のために保管することを業とする者を厳重に規制し、大衆において元本の返還を受け得なくなるという不測の損害の発生を防止しようとするにある。したがつて、同条にいわゆる預り金とは、不特定かつ多数の者からの金銭の受入で、預金、貯金又は定期積金の受入及び、借入金その他何らの名義をもつてするとを問わず、これらと同様の経済的性質を有するもの、換言すれば元本額又はそれ以上の額を返還することとなつている金銭の受入をいうものである。

これを本件について見るに、<証拠>によると、(イ) 豊田商事は、大阪に本社を置き、各地に支店、営業所を擁し、一般大衆向けの数種のパンフレットなどをつくり、各営業所のテレフォンレディの多数の者に対する電話による勧誘、従業員による多数家庭の訪問を通じて、契約を締結したものであつて、不特定かつ多数の者を対象にし、本件契約はその一環として行われたこと、(ロ) 豊田商事は、金地金を買主に引き渡さず、買主との間で、豊田商事(受注者)がこれを賃借し、賃料名目の金銭を支払うこと及び賃貸借が期間の満了によつて終了したときは、顧客の指定する日以降に返還する旨の記載のある「純金ファミリー契約書」と題する書面を差し入れさせているが、同書面第一〇条には、賃貸借が、期間の満了により終了したときは、受注者(豊田商事)は、金銭で支払うこともある旨の記載があり、これが金地金の売買と一体をなしており、更に、金銭で支払う場合については何等の限定がなく、全く豊田商事の任意に選択し得るところであつて、かつ、豊田商事の商法としては、後者の金銭による支払いを主としていたこと、(ハ) 本件後の昭和五九年三月になつて、「純金ファミリー契約」は、出資法違反の疑いが強いとして、じ後の契約においては、同契約の契約書第一〇条を抹消して契約書面を作成していることが認められる。

以上の事実のほか、前記のとおり控訴人保坂が被控訴人に対する勧誘に際し、「四〇〇グラム買えば五年後には元金一〇〇万円は倍の二〇〇万円に増殖できる。利子は年一割現金で必ず御宅に届ける。」と述べていること、前判示のとおり本件契約は要物性を具備していないこと等を総合して考察すれば、本件は、不特定かつ多数の者から、名目上売買、賃貸借の形式をとりつつ、その実質は、賃貸借期間と称する一定の期間の経過したときは、売買代金名目で受け入れた代金相当額の金員の返還及び代金相当額に対する一定割合の金銭(賃料名目で、期間内に数回支払う。)を支払うことを保障して、代金相当額の金銭を受け入れたものというべきであるから、本件契約は、出資法二条に該当する違法不当な契約であるというべきであり、更に、後記15に認定の豊田商事の資産内容、営業方法などに徴すると本件契約は、豊田商事が返還約束を履行できず、これにより被控訴人が損害を被る蓋然性の極めて高い契約であり、後記契約の締結方法とならんでその内容において不法行為を構成するものというべきである。

なお、出資法二条一項の規定に違反した者は、同法八条一項により処罰されるが、同条についてはいわゆる両罰規定として同法九条が設けられており、同条は行為者及び法人の処罰を明示している。」

11  同一一枚目裏末行の「甲第二号証」を「甲第二号証の一」と訂正する。

12  同一二枚目表一行目の「結果(第一、二回)」とあるのを「結果、当審における控訴人保坂の本人尋問の結果の一部(後記措信できない部分を除く。)及び弁論の全趣旨」と改める。

13  同一二枚目裏六行目の「甲第二号証の二」を「甲第二号証の一」と訂正する。

14  同一二枚目裏九行目の「認められ、」の次に「当審における控訴人保坂の本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」を加える。

15  同一三枚目表二行目の次に改行の上左のとおり加える。

「(詐欺について)

<証拠>によると、豊田商事は、昭和五六年春ころから、同会社のセールスマンが顧客に対し金の魅力を説いて金地金の購入を勧誘した上金地金を買わせ、その後(あるいは並行して)、顧客が金地金を保有しておくと危険であり同会社に買つた金を貸せば同会社が金を有利に運用して高率の賃借料(当初は一年間で一〇パーセント、二年間で一七パーセント、三年間で二二パーセントの三種類であつたが、昭和五八年七月ころからは一年間で一〇パーセントと五年間で七五パーセントの二種類になつた。)を支払うなどといつて、受注者豊田商事を賃借人、注文者顧客を賃貸人とする旨の純金ファミリー契約と題する契約を締結させ、顧客からは売買代金名下に金員を受領し、顧客には純金ファミリー契約証券なる紙片だけを交付していたこと、しかし、豊田商事は、顧客との契約に見合うだけの金を保有せず、また、顧客から売買代金名下に受領した金員を、金地金の購入資金にまわさず、顧客に対する返還金、賃借料等の支払に充てたほか、同会社の役員、社員等の法外な額の報酬、給与や家賃等の経費に費消し、残りを商品取引相場への投機資金若しくは将来性が悪く収益性の期待できない関連事業に対する貸付金等にまわしていたこと、豊田商事の右商法は、いわゆる自転車操業的構造の上に成り立つていたため、新たな純金ファミリー契約を拡大する必要に迫られ、テレフォンレディと呼ばれる電話係が顧客の情報をできるだけ収集し、外交員が右情報に基づいて顧客の住居に直行し、時には数時間以上も粘つて契約を締結させるという執拗かつ強引なものであつたこと、豊田商事は、昭和六〇年六月一〇日、満期に金地金の購入代金名下に受領した金員を償還する義務を回避するため、純金ファミリー契約証券の販売を中止し、右償還の不要なレジャー会員証券の販売に切り替えたが、間もなく右商法は破綻し、大阪地方裁判所は、同年七月一日午後一時、豊田商事に対し破産宣告をしたこと、豊田商事は、設立(昭和五六年四月二一日)当初から倒産に至るまでの間、決算書類上一期といえども利益計上がなく、その他損失と収入との比較、顧客から導入した資金の流れ等の財務内容及び前記事業内容の反社会的性格からみて、倒産は必然的であつたといわざるをえないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は<証拠>に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、<証拠>によると、豊田商事が顧客に対し金地金の現物を売却するだけで終わつたり、また、純金ファミリー契約の終了に伴い顧客に金地金を返還した例もあつたが、これらの場合は少なく通常の取引形態ではなかつたことが認められるから、この事実は右認定を動かすに足りない。)。

右認定事実に前記認定事実(原判決理由説示一ないし三)を合わせ考察すると、亡永野一男(前掲甲第一七号証によると、同人は、昭和六〇年六月一八日、刺殺されたことが認められる。)は、豊田商事の経営者として同会社の前記商法を企画、実施、推進していた者であるところ、豊田商事が顧客との取引高に相当する金地金を保有しておらず、かつ、他から同量の金地金を購入する意思も能力もないので、本件売買代金名目の金員が被控訴人に返還できない事態が早晩生ずることを知りながら、これを秘し、昭和五九年一月末ころ、被用者である控訴人らを介し、被控訴人に対し本件売買契約及び純金ファミリー契約がいかにも確実な利殖であるかのように申し向けてその旨被控訴人を誤信させた上、被控訴人から豊田商事に金地金売買・賃貸借契約名下に一〇〇万円を交付させて右金員を騙取したことが認められる。

(控訴人らの認識等について)

前判示(原判決理由説示一ないし三)のとおり、控訴人保坂は、前記公序良俗に違反する違法な勧誘行為を実行したのであるから、当然右違法な事実の発生を認識していたものと推認できる。また、<証拠>によると、控訴人岩野は、本件売買当時、豊田商事秋田営業所の営業部課長として、控訴人保坂ら営業部員に対しセールスの仕方をビデオを使用するなどして自ら指導・教示していたこと、控訴人保坂は、右指導等に従い、本件売買契約を締結させ、かつ、その間に控訴人岩野に経過報告をしていたことが認められるから、控訴人岩野もまた右違法な事実の発生を認識していたものと推認できる。したがつて、控訴人らは、右不法行為につき故意があつたものといわなければならない。

更に、<証拠>によると、マスコミは、昭和五六年九月ころから既に豊田商事の商法を取り上げ、その後も断続的に報道やキャンペーンを繰り返し、特に昭和五八年中頃には全国的に被害者からの訴訟が提起されたため、右商法を現物まがい商法、詐欺まがい商法等と称して集中的に豊田商事の批判報道がなされたこと、秋田県内においても、昭和五八年一〇月一七日付新聞で、全国二〇〇人余りの弁護士等から豊田商事の幹部に対し同会社の商法の実態を追及するため金の総保有量、契約総量、金の購入先等についての回答を求める公開質問状が提出された旨報道され、更に同年一二月九日付の新聞で、豊田商事が右質問状に対する回答を拒否したため、再度右弁護士等から同会社に対し公開質問状が提出され、同会社秋田営業所に対しても地元弁護士等から独自に三項目を加えた公開質問状が提出された旨報道されたこと、昭和五八年四月から同五九年一月までの間に秋田県生活センターに対し豊田商事の商法に関する一八件の苦情の申出があり、これらは同会社秋田営業所にも連絡されたこと、昭和五九年一月当時、同営業所において、所長の沓沢は営業に関する責任者で営業課長以下を指揮監督し、課長の控訴人岩野は控訴人保坂ら営業担当者を指揮監督していたこと、沓沢及び控訴人岩野は、東北プロックの各営業所の所長及び課長が月一度仙台に集まる東北ブロック会議等を通じて豊田商事の商法の実態を知ろうとしたが、同会社の幹部は、金の保有量及び購入先等を明らかにせず、顧客との契約量に見合つた金を保有しなくても満期に返還できる量が確保されていれば問題はない旨説明し、また、顧客から金地金の売買代金名下に受領した金員を関連企業で運用して収益を得て顧客に対する賃借料等を支払つていくから間違いない旨説明していたこと、沓沢及び控訴人岩野は、控訴人保坂ら従業員に対し右説明により知りえた範囲で豊田商事の商法について教示していたこと、豊田商事秋田営業所においても、同会社の営業方針に従い、営業成績至上主義が採用されてこれら営業方法、昇進、給与等にも反映され、執拗かつ強引な勧誘活動、営業成績の良い者にとつては他の企業に比較して著しく優遇された昇進及び給与制度が実施されていたこと、昭和五八年七月ころからは、五年間で七五パーセントという高率の賃借料を内容とする純金ファミリー契約が新設され、返還時期の到来の早い従来からあつた二年間で一七パーセント及び三年間で二二パーセントの各賃借料を内容とする純金ファミリー契約は廃止されたこと、以上の事実が認められる。

右認定事実及び前記認定事実(原判決理由説示一ないし三)、豊田商事のマスコミ等の批判に対する前記対応状況、同会社の前記営業の態様等に照らし、同会社の社員において幹部側の説明によつても同会社の商法の適法性につき疑問を払拭できなかつたことが容易に推測できることを総合すると、控訴人らは、豊田商事の行つている商法が遅くとも本件純金ファミリー契約の期間の満了する五年後には破綻を生ずべきいわゆる詐欺的商法であるかもしれないこと、そして同会社が被控訴人から本件売買代金名下に金員を受領することにより詐欺及び出資法が禁止する預り金に該当する違法な事実が発生するかもしれないことを認識しながらあえて本件契約を締結させたものと推認するのが相当である。したがつて、控訴人らは、右不法行為につき故意があつたものといわなければならない。

なお、<証拠>によると、控訴人らは、いずれもその家族名義で被控訴人と同様に豊田商事との間で各純金ファミリー契約を締結していたが、その契約金額は、控訴人保坂の場合約二〇万円が一口、控訴人岩野の場合三十数万円が三口、約七〇万円が一口であり、いずれも比較的少額であることが認められる。また、<証拠>によると、豊田商事は、昭和五九年一月以前にも、社員向けの広報紙にマスコミによる同会社の批判に対する反論や事業計画等を掲載して社員を結束させようとしていたが、マスコミ等が指摘する同会社の商法の問題点について具体的な資料等を示すなどしてその解明を図ろうとはしなかつたことが認められる。したがつて、右各証拠は前記認定を左右するに足りない。

そして、<証拠>中前記認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。」

16  同一三枚目表三行目の「以上の」から六行目の「責任がある。」までを左のとおり訂正する。

「以上の認定事実によれば、控訴人らは、民法七〇九条、七一九条に基づき、前記共同不法行為により被控訴人の被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

控訴人らは、控訴人らには本件損害の発生を回避する可能性がなかつたから控訴人らの行為は違法性が阻却される旨主張するが、前判示のとおり控訴人らは違法な事実の発生を予見しながら豊田商事を退社することなくあえて本件不法行為を実行したことが認められ、本件損害の発生を回避する可能性がなかつたとする特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、控訴人らの右主張は採用できない。

また、控訴人らは、刑罰法令に違反する所為を認定するには検察官による公訴の提起が必要である旨主張するが、不法行為に関する民事上の責任は、刑罰を科す刑事責任と異なり、損害の回復を目的としているのであるから、検察官による公訴の提起がなくとも、刑罰法令に違反する民事上の不法行為を認定することができることはいうまでもない。」

17  同一三枚目表七行目の「(第一、二回)」を削除する。

18  同一三枚目表末行の「金一〇万円」の次に左のとおり加える。

「(弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本件訴訟の追行を弁護士である被控訴代理人らに委任し、右代理人らに対し相当の報酬を支払うことを約したことが認められるところ、本件事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌すると、金一〇万円が控訴人らの本件不法行為と相当因果関係に立つ損害と認められる。)」

19  同一三枚目表末行の次に改行の上左のとおり加える。

「控訴人らは、被控訴人の被つた損害は亡永野一男が殺害されたことによる豊田商事の倒産という特別事情に基因する損害であるところ、控訴人らはこれを予見できなかつたから右損害を賠償する責任はない旨主張するが、前判示の事実関係にかんがみれば、被控訴人の被つた本件損害(一二五万円)は、控訴人らの本件不法行為により通常生ずべき損害であり、右不法行為と相当因果関係に立つことが明らかであるから、控訴人らの右主張は採用できない。

また、控訴人らは、特異事情が本件損害の発生に重大かつ強力な影響を与えたことが明らかであるから、その寄与分相当額を控訴人らの賠償責任額から控除すべきである旨主張するが、前叙のとおり本件損害は右不法行為により通常生ずべき損害と認められるから、控訴人らの右主張も採用できない。」

20  同一三枚目裏二行目の「一三日」の次に左のとおり加える。

「(本件記録によれば、控訴人らに対する本件訴状の送達は、民訴法一七一条一項に基づき、昭和五九年三月一二日、訴状に控訴人らの住所として記載された豊田商事秋田営業所においていわゆる補充送達の方法でなされたが、右送達場所は、控訴人らの住所又は居所ではなく、就業場所であつたことが認められるところ、控訴人らにつき同法一六九条二項に規定する就業場所における送達をすることができる場合の要件があることを認めるに足りる資料はない。そうすると、控訴人らに対する本件訴状の送達には瑕疵があるものといわざるをえない。しかしながら、本件記録によると、控訴人らは、原審において、訴訟代理人二名を選任したこと、そして、右代理人から右送達の瑕疵について異議が述べられることなく口頭弁論が終結されたこと、以上の事実が認められる。したがつて、右送達の瑕疵は控訴人らの責問権の喪失により治癒されたものというべきであるから、本件訴状は控訴人らに対し有効に送達されたものと認められる。そして、不法行為に基づく損害賠償債務は、催告を俟たず損害発生の日から直ちに遅滞に陥るものであり、訴状送達の有無には何らかかわりはなく、損害賠償債権者は、遅延損害金について、その一部のみを請求することは何ら差支えないものであるから、本件訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を求めている本件においては、右送達の日は、遅延損害金の請求の範囲を特定するために主張しているにすぎない。したがつて、本件の場合、送達に瑕疵があつたかどうかは必ずしも重要でなく、右瑕疵ある送達の日である昭和五九年三月一二日をもつて、本件遅延損害金請求の起算日とすることができるというべきである。)」

21  同一三枚目裏六行目の「適用して」の次に「(仮執行免脱宣言の申立てについては、相当でないからこれを却下する。)」を加える。

二よつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野口喜藏 裁判官田口祐三 裁判官飯田敏彦)

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